所得税法に関する一考察 ~事業と業務~

関東信越税理士会発行「関東信越税理士界 第743号」に発表したレポート
関東信越税理士会発行「関東信越税理士界 第743号」2017年4月

1 はじめに

所得税法においては、10種類の所得区分を設けており、個人に収入が生じた場合にどの所得区分に該当する収入かを判断しなければならない。所得税法がこのような所得区分計算を行うのは、所得の性質、発生の形態により担税力が異なるという考え方からです。

また、所得区分のなかで事業所得に代表されるように、自己の危険と計算において営利性、有償性を有し継続的に行うもの を「事業」とし、それ以外のものを「業務」として区分しています。「事業」 と 「業務」 の主なものに(1)事業所得と雑所得(2)不動産所得を生ずべき「事業」と「業務」の区分があります。

この「事業」か「業務」かによって所得税法では取扱いが異なることがあります。その内容の紹介と取扱いの違いによる注意点を考えてみたいと思います。

2 事業と業務について

事業所得と雑所得については所得区分が異なるため理解しやすいと思われますが、不動産所得については同じ所得区分のなかでの取扱いが異なることから注意が必要と思われます。不動産所得においては、事業と業務の判断として形式基準である5 棟10室が一般的な基準であり、これらに該当すれば特に反証が無い限り事業とみなされます。また実質基準としては、営利性 ・有償性、反復・継続性、自己の危険と計算における事業遂行性などにより判断されることがあります。

ここでは、不動産所得のうち事業的規模での貸付を「事業」 とし、事業的規模以外の貸付を「業務」として確認をしていきたいと思います

(1)取扱いの差異

  1. イ. 資産の取壊・除却・滅失等について (所51)
  2. 「事業」の場合には、全額を損失の生じた年分の必要経書に算入されますが、「業務」では、損矢の生じた年分の所得金額を限度に必要経費に算入されます。

  1. ロ. 資産の災害・盗難・横領について (所51、所72)
  2. 「事業」の場合は、損失の生じた年分の必要経費に算入できますが、「業務」では、雑損控除の適用か所得金額を限度に必要経費に算入の選択適用となります。

  1. ハ. 貸倒損失について (所51、所64)
  2. 「事業」の場合には、回収不能が生じた年分の必要経費に算入されますが、「業務」では、その収入が生じた年分にさかのぼって収入金額がなかったものとされます。

  1. ニ. 青色事業専従者給与・事業専従者控除について (所57)
  2. 「事業」の場合には、青色申告では支払った金額が、 白色申告では一定の金額が必要経費に算入されますが、「業務」ではこれらの適用はありません。

  1. ホ. 青色申告特別控除について (措法25の2)
  2. 「事業」の場合には、一定の会計処理を行っている場合は65万円の青色申告特別控除の適用がありますが、「業務」では、原則10万円の青色申告特別控除の適用になります。

  1. へ. 損益通算の取扱いについて (措法41の6)
  2. 不動産所得の金額の計算上生じた損失について、「事業」の場合には、その損失は分離譲渡所得等以外の他の所得との間で損益通算することができますが、「業務」 の場合には、必要経費に算入した金額のうちに土地等を取得するために要した負債利子の額があるときには、その損失のうち負債利子に相当する部分の損失については、 損益通算が認められていません。

(2)注意すべき具体例

  1. イ. 貸倒があった場合の手続き
  2. 不動産貸付業などを行っていたときの未収家賃の貸倒が生じた場合の取扱いは「事業」と「業務」では異なります。

    「事業」の場合には、所得税法51条2項で「居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業 について、その事業の遂行上生じた売掛金、貸付金、前渡金その他これらに準ずる債権の貸倒れその他政令で定める事由により生じた損失の金額は、その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額、事業所得 の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する」となっており、「事業」の場合は貸倒が生じたその年分の必要経費となります。

    一方、「業務」の場合に未収家賃の貸倒が生じたときは、所得税法64条1項「その年分の各種所得の金額(事業所得の金額を除く。以下この項において同じ) の計算 の基礎となる収入金額若しくは総収入金額(不動産所得 又は山林所得を生ずべき事業から生じたものを除く。以下この項において同じ) の全部若しくは一部を回収することができないこととなつた場合又は政令で定める事由により当該収入金額若しくは総収入金額の全部若しくは 一部を返還すべきこととなった場合には、政令で定めるところにより、当該各種所得の金額の合計額のうち、その回収することができないこととなつた金額又は返還す べきこととなった金額に対応する部分の金額は、当該各種所得の金額の計算上、なかつたものとみなす」となっ ています。そのため、未収家賃を計上した年分の所得税 について更正の請求をすることになります。更正の請求の期限は、国税通則法23条1項により法定申告期限から 5年以内とされており、5年を経過後については、所得税法152条により貸倒が生じた日から2カ月以内に更正の請求を行う必要があります。

  1. ロ. 固定資産の災害損失処理
  2. 「事業」用固定資産の災害による損失は、その損失の 生じた年分の必要経費になります。(所51(1)) ただし、 保険金等を受領している場合には、その損失額から保険金等を控除した残額が必要経費に算入されます。

    また、「業務」用固定資産の損失は、所得の金額を限度として必要経費に算入されます。「事業」と同様に保険金等を受領している場合にはその金額を控除します。 また、「業務」用固定資産は、生活に通常必要でない資産及び事業用資産のいずれにも該当しないため、災害による損失については雑損控除の適用も可能です。実務上、 資産損失は所得の金額を限度とするため、控除できない 損失が生じる可能性があれば、雑損控除の適用をすることを検討することも必要になるかもしれません。

3 おわりに

所得税法においては、個人のさまざまな所得を判断して計算を行うため、「事業」と「業務」の異なる取扱いを定めています。「事業」は一般的には法人税の取扱と同様の内容が多くあるため、毎月法人税の申告をしている我々税理士にとっては身近な考え方であると思われますが、「業務」については所得税特有の考え方であり、このような規定を理解していないと誤っ た処理を行うことになるため注意が必要になると考えられます。

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