租税回避について

埼玉県税理士会連合会発行「県連マンスリー」に発表したレポート
埼玉県税理士会連合会発行「県連マンスリーNo342号」2005年8月

Ⅰ.はじめに

現代の社会においては、日常さまざまな経済取引が行われており、それらの取引が行われたことによる要件が充足された場合に課税が行われる。つまり、課税は市場における私法に基づいて行われる経済取引を対象としており、それら取引の結果として生じるものである。現在の企業等においては、経済活動を行うためにはさまざまな費用 負担を伴うが、税負担もそのひとつである。そのため租税は、経営戦略上極めて重要な要素となる。税負担を少なくすることは現代の企業にとっては当然であり、決して問題となることではない。裁判所の判決でも「・・私的自治の原 則が支配する経済活動においては、複数の方法で同じ経済効果が実現できるのであれば、それぞれの税効果も考慮したうえで契約の法形式を決定することは何ら異常、不当なことではない」1) としている。一般的には、税負担を少なくするために行うことは節税と呼ばれる。しかし、最近では租税負担を回避することが行われるようになった。この 租税負担の回避とはどのようなことで、節税・脱税とどのような点で異なるのか。また、この租税負担の回避を否認するためにはどのような規定があるのだろうか。

Ⅱ.租税回避

1.租税回避と節税・脱税

現代社会における取引は私人間による契約であるため、私的自治の原則により一定の経済効果の実現のためには、どのような契約をするかは一般的には自由である。そして、課税は私人間の自由な契約による経済取引を行った結果生じるものである。また課税は、私人の行為と私法上の法形式を前提としているため、当事者の選択した行為と法形式により課税関係も変わってくることになる。このような制度を利用して、同様の経済的効果を得るために通常とられる行為に比べて不自然不合理な行為等を行って税負担の軽減をはかることがある。このような行為を租税回避という。

では、一般的に税額を減少させる節税や脱税はどのような行為であろうか。節税行為は、租税法規が予定している ところに従って税負担の減少をはかる行為2)であり、たとえば土地の譲渡等を予定している場合に、5年を超えてから譲渡することにより低い税率による適用を受けることや住宅を取得した場合の住宅借入金等の特別控除制度を利用するということにより税負担を減少することである。これは、合法的に税負担を減少させる行為である。また、脱税行為は、課税要件の充足の事実を全部又は一部秘匿する行為3) であり、たとえば売上げ代金を除外した場合のよ うに事実を秘匿して税負担を不法に軽減ないし免れるものである。

2.租税回避の意義

租税回避とは、私法上の選択可能性を利用し、私的経済取引プロパーの見地からは合理的理由がないのに、通常用いられない法形式を選択することによって、結果的には意図した経済的目的ないし経済的効果を実現しながら、 通常用いられる法形式に対応する課税要件の充足を免れ、もって税負担を減少させあるいは排除することである。 4) つまり、(1)私法上は有効であるが、通常用いられない法形式を選択し、(2)意図した経済目的・経済成果を実現し、 (3)通常用いられる法形式による租税法律要件の充足を回避し、税負担の軽減を図る、という要件を満たす行為が租税回避になる。

このように租税回避は、私法上は有効な取引であり租税法に反して税負担を免れる脱税ではないが、租税法が予定していない異常な行為・契約等により税負担を軽減するものであるために、租税法律主義からは形式上は許されるものではあるが、租税公平の点からは問題が生ずると考えられる。そのために、このような取引が行われた場合に課税上認められない場合も生じる。これが、租税回避の否認である。

Ⅲ.租税回避の否認

租税回避の否認とは、租税回避行為が行われた場合に、当事者が用いた法形式が私法上は有効であると認められるとしてもこれを租税法上は無視し、通常用いられる法形式に対応する課税要件が充足されたものとして取り扱うことをいう。5) この租税回避行為の否認は、一般的には租税法律主義の観点から法的な根拠規定がない場合には認められないと解されている。6) この法的な根拠規定は、個別的否認規定による否認と呼ばれており、法人税法34条の過大な役員報酬等の損金不算入の規定や同法35条の役員賞与等の損金不算入の規定などがある。また、 国際取引における移転価格税制や過少資本税制・タックス・ヘイブン対策税制などの規定により否認されるものもある。このような租税回避の否認に関する規定が存在する場合には、その要件に従って租税回避行為の否認をすることができ、当事者間の私法上の契約等は、租税法上は無視され別の法律構成により課税要件が充足されて課税されることになる。しかし、否認の規定が存在しない場合は法的安定性と予測可能性の確保の点から、原則的には否認は認められないと考えられてはいる。しかし、次のような考え方による否認もある。

1.課税減免規定の解釈による否認7)

これは、当事者が課税減免規定の適用を受けることのみを目的として事業目的のない不自然な取引を行った場合に、そのような不自然な取引形態は当該課税減免規定の本来予定していないものであるものとして、その適用を否定すれば、結果として、租税回避の「否認」を行うのと同様の効果を得ることが可能となる。8) つまり、税金を少なくすることから出発し、そのために異常な取引を行った場合である。これは、租税法の解釈を目的論的に行うことにより否認されると考えられる。

2.事実認定・私法上の法律構成による否認9)

これは、民法における通謀虚偽表示の場合のように、当事者の表面的な契約ではなく、真の意思にしたがった課税を行うことである。つまり、「課税は、私法上の行為によって現実に発生している経済的効果に即して行われるものであるから、第一義的には私法の適用を受ける経済取引の存在を前提として行われる。しかしながら、その経済取引の意義内容を契約当事者の合意の単なる表面的、形式的な意味によって判断するのは相当ではなく、……契約 当事者の選択した法形式と契約当事者間における合意の実質が異なる場合には、取引の経済的実体を考慮した実質的な合意内容に従って解釈し、その真に意図している私法上の事実関係を前提として法律構成をし、課税要件への当てはめを行うべきである。」10) ということにより否認される場合である。

3.合意の認定・擬制による否認11)

これは、個別の契約等はそれぞれが独自に行ったものであるため私法上有効であるが、個別の契約を超えた全 体的な又は一連の契約の合意があると認定された場合に、課税が行われることである。つまり、取引の全体を観察することより、取引全体を一体としてとらえた場合に租税回避の否認を行うものである。

このように、租税回避についてはさまざまな否認の類型が考えられているが、結局のところ、租税法の解釈と事実認定により租税回避の否認と同様の効果をもたらすことが可能となる。つまり、私法上の取引を租税法の解釈に よって否認することができることになる。したがって、事実認定はあくまでも私法上の事実認定・契約解釈の原則にし たがって行われるべきである。課税庁による事実認定・法律構成の「創造」のようなことが行われれば、それは租税法律主義に正面から違背するものであり納税者の予測可能性を奪うことになる。12) そのため、納税者の行った私法上の取引における租税法の解釈や事実の認定は最終的には裁判所により判断されることになる。

Ⅳ.おわりに

租税法は租税法律主義と租税公平負担の原則の調整であるといわれる。個別的否認規定がなく否認される場合には租税法律主義に反するが、租税法に規定していないからといって異常な取引により課税の逃れるのは、同様の効果を得て税を納めた人と不公平になる。

民法は、契約自由が原則であり問題が生じたときに裁判所が判断する裁判規範である。しかし、税法は、第一に は納税者や課税庁の行為規範であるため、納税者・課税庁もこれにしたがって行動をしなければならないものであ る。そのため、常に裁判所が判断しなければならないことになると納税者は安心して納税できないことになる。平成17年の税制改正において、民法組合を利用して所得などを圧縮した場合の租税回避的行為の防止のための規定が設けられた。13) このように租税回避行為の否認をする必要がある場合には税制改正を行うことにより個別に対応することが必要ではないだろうか。これら改正による対応が、租税法律主義の機能である国民の経済生活に法的安定性と予測可能性を与えることになるものと考えられる。


  1. 名古屋地裁平成16・10・28
  2. 金子宏 『租税法〔第8版〕』121頁
  3. 前掲 注2 121頁
  4. 前掲 注2 121頁
  5. 宮崎裕子 『実務租税法講義』231頁・232頁
  6. 前掲 注2 123頁
  7. 中里実 『タックスシェルター』(有斐閣 2004)223頁
  8. 前掲 注7 224頁
  9. 前掲 注7 223頁
  10. 大阪高裁 平成12年1月18日判決パラツィーナ事件(フィルムリース)・大阪高裁 平成14年6月14日判決三井住友銀行事件(外国税額控除) 参照
  11. 中里実 『租税法と私法』論再考 税研114号 79頁 オーブンシャホールディング事件東京高裁の判決の考え方
  12. 中里実 『事実認定による「否認」と、契約の読み替え』 税研113号 95頁
  13. 航空機リース 平成16年10月28日名古屋地裁判決以降同様の判決で国側が敗訴したため。この改正の内容については批判もある。
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