未払役員賞与と源泉所得税

埼玉県税理士会連合会発行「県連マンスリー」に発表したレポート
2005年6月

Ⅰ.はじめに

個人事業者が自分の事業の拡大をはかり法人を設立して代表取締役になった場合に、より多くの報酬を得ることや、従業員と同様に年に数回の賞与の支給を受けたいと考えている経営者も少なくない。このような場合、役員に対する不相当に高額な報酬や役員への賞与の支給は税務上損金不算入となることから、経営者に適切に説明をし、 課税上問題にならないように注意しなければならない。また、役員に支給するものは、毎月の報酬や損金による賞与の支払いのほか、取締役をはじめとする役員の経営努力や経営判断の成果により、多くの利益を獲得した場合には、利益処分により役員賞与を支給することが考えられる。最近ではこの役員賞与について、賞与の支給を決議したにもかかわらず、急速な資金繰りの悪化などから実際の支給を見合わせる場合も多い。そこで、このような利益処分による役員賞与について支払いを行う法人の所得計算と源泉所得税について、どのような問題点が生じるのか考えてみたい。

Ⅱ.役員賞与の性格

利益処分による役員賞与も一般の賞与と同じであり、給与や賃金などとともに給与所得に含まれる。そして、この給与所得は報酬などの支払いをした場合と同様に支払額から所得税額を差し引いて国に納付する源泉徴収制度が採用されている。

この源泉徴収とは、常時2人以下の家事使用人のみに対し給与等の支払いをする者を除き(所184)、国内において居住者に対し給与等の支払いをする者は、納期特例の手続きをした者を除き、その支払いの際、その給与等について所得税を徴収し、徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならない(所183(1))と規定 されている。そして、この給与等の支払い者の源泉徴収納付義務は、給与等の支払いのときに成立し(国通法15(2) 二)その成立と同時に特別の手続きを要しないで税額が確定する(国通法15(3)二)。1) そのため、自動確定の租税 と呼ばれている。2)

また、法人が利益処分により経理した賞与等については、支払いの確定した日から1年を経過した日までにその支払いがされない場合には、その1年を経過した日においてその支払いがあったものとみなして、その月の翌月10 日までに納付しなければならない(国通法183(2))。この規定により、実際に支払いをしていない場合であっても支払いが確定している限り支払いがあったものとみなされる。

一般的に利益処分は、法人の事業年度終了後に行われる株主総会において、役員賞与や配当などの決議が行われる。そのなかで特に役員賞与については、株主総会で支払い総額のみ決議し、各人の支給額は取締役会の決議に委ねた場合には、取締役会で各人毎の賞与支払額を決定することにより支払い額が確定することになる。

そこで、利益処分による役員賞与の決議が行われたにもかかわらず、役員賞与の支払いが行われないとき、どのような点に注意しなければならないのだろうか。

Ⅲ.法人の所得計算

利益処分による役員賞与の支払いが、業績悪化等のために行われなくなった場合には、法人の賞与支払い債務 が消滅したことによる債務免除益が発生し、支払われなくなった日の属する事業年度の益金の額に算入されることになる。ただし、法人税基本通達4-2-3において、取締役会等の決議により、その支払われないことが、(1)会社の整 理、(2)事業の再建、(3)業況不振のためといった一定の条件に該当すれば、債務免除益を益金に算入しないこともできる。

このように、特別な場合を除いて、債務免除益は基本的には法人の所得計算上益金の額に算入される。しかし、実際には資金繰り悪化の時期は、法人の業績も悪く欠損などの状況も考えられるため、債務免除益により納税が生じることはないと思われる。

Ⅳ.源泉所得税の取り扱い

所得税法183条2項に規定するように、法人が利益処分による経理をした賞与で支払の確定した日から1年を経過した日までにその支払いがされない場合には、その1年を経過した日においてその支払いがあったものとみなされる。ここに規定されている支払い確定日はどのような日であろうか。

株主総会では毎期役員賞与の決議を行って、実際の支払いは従業員の賞与の支給時期に支払をするような場合は、賞与支払時期に取締役会で各人の支給額の決定が行われるために、株主総会の総額決議と取締役会での各人の支給額との時間的な差があることも考えられる。この場合、株主総会後に資金繰りの悪化等により役員賞与の支払いが困難になれば役員賞与を支給することは決定しているが各人の支給額は確定していないことになる。そのため、当然に各人毎の賞与の源泉税についての計算も行うことができない。このように、利益処分による役員賞与は、各人の支給額が決定した日が所得税法183条2項の支払いが確定した日となる。そのため、支払額が確定しない場合には、利益処分の決議があってから1年以上を経過しても未払役員賞与に対する源泉所得税の納税義務は 生じないことになる。ただし、その確定日から1年を経過してもその支払いが行われないときには、その日に支払いがあったことになり、源泉税の納付をしなければならない。

しかし、配当については株主の持分が確定しているため、株主総会で利益配当の議案を承認すると、確定額の配 当金請求権が具体的に発生する3)ことになる。つまり、役員賞与のような各人毎の金額は、配当金の総額を株主 総会で決議したときに決定される。そのため、配当金の支払いが困難で決議後1年を超えて支払いを行わなかった 場合には、利益処分後1年を経過した日に支払いがあったことになり、源泉税のみ納付することになる。

このように、同じ利益処分により行われたものであっても、役員賞与と配当金については適用が異なる。また、取締役会等で各人毎の支払い金額が確定した後に、役員からの受領辞退あった場合の源泉所得税の徴収義務はどうであろうか。この場合には、原則的には源泉税を納付しなければならない。しかし、次の場合には源泉徴収が免除される。

  1. 賞与の支払いが、法人である支払い者の債務超過の状態が相当期間継続し支払いができないと認められる場合(所基通181~223共―2 但書)
  2. 賞与を支払う法人が、商法上の会社整理・特別清算の開始命令、破産法の破産宣告、会社更生法の更生手続 き、債権者集会等の協議決定による債務切捨てなどのためにその役員が、一般債権者の損失を軽減するため、立 場上やむなく賞与の受取を辞退する場合(所基通181~223共-3)

5.おわりに

現在のような停滞した経済状況においては、利益処分による賞与の支給の決議後に債務超過等により支給できなることも少なくない。しかし、各個人毎の支払額が確定した場合には、原則的には源泉所得税の徴収義務は生じる。 そして、役員からの受領辞退のように債務の免除を受けた場合でも、基本的には債務免除益の計上をしなければならない。このように、法人の経理とそれに伴う源泉徴収義務との関係を正しく理解することが必要になる。


  1. 清永敬次「給与所得をめぐる課税上の法律関係」『租税行政と権利擁護』330-331頁
  2. 金子宏 『租税法』第8版 563頁
  3. 神田秀樹 『会社法』第6版 194頁
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