遺産分割のやり直し

埼玉県税理士会連合会発行「県連マンスリー」に発表したレポート
2005年6月

Ⅰ.はじめに

税理士である我々が相続に関わる場合、相続人の確定、相続財産の把握から遺産分割協議書の作成、そして相続税の計算と申告書の作成・提出という一連の業務をすることになるのが一般的である。そのうちの遺産分割協議については、相続における税負担を決定する重要なものである。一度行った分割協議を税負担の調整から修正する ことは実務においては一般的に行われることであると思われる。1) この遺産分割について、相続後に残された親の面倒をみるとの約束で遺産をある相続人に相続させたがその後親の面倒をみなかったという場合や遺産分割の方法を間違えて協議書を作成した場合などのように、当初分割協議を行った後に再度分割協議のやり直しをすることが 可能であろうか。相続に関する案件を処理する場合や相続税に関する相談を受けた場合、税理士はまず相続税法 の条文や解釈を考える。2) しかし、相続問題の基本はあくまで民法の規定と解釈にある。特に分割協議は本来は民法における相続の問題であるため、再分割をした場合の民法上の取り扱いとそれについての税法上の取り扱いに ついて考えてみたい。

Ⅱ.民法上の取り扱い

民法における遺産分割は、共同相続人が遺言で禁じた場合以外はいつでもその協議で遺産分割を請求することができる(民907(1))と規定している。分割の方法は、被相続人が遺言で指定し又は第三者に指定を委託したときはこれに従い、指定がなければ共同相続人全員の協議で分割する。協議で分割できないときは、請求により家庭裁判 所が審判で定める。そして分割の効力は、相続開始の時まで遡り、各相続人は分割により財産の権利を被相続人から直接取得する。このように民法は原則としていつでも自由に遺産分割をすることができることになる。では、一度 行った遺産分割について再分割することは可能であろうか。これについては、相続人全員が既に成立した遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除し、改めて遺産分割協議をすることは法律上可能であるとしている。3) これは、遺産分割は相続人全員の合意により行われたことであるため、全員の合意による解除は自由に行えるということである。

しかし、親の面倒をみるとの約束を行って遺産分割をし、財産を取得したあとに、親の面倒をみる約束を守らなかっ た場合には分割協議を解除することはできないとの判決がある。4) これは、遺産分割は協議を行ったことにより成立し、その後は相続人間の問題であり、すべての協議を解除する理由はないとの考え方である。5) このように、民法上は共同相続人全員の合意があれば再分割を行うことも認められると考えられる。

Ⅲ.税法の取り扱い

民法上は相続人全員の合意があれば、遺産分割のやり直しを行うことができることになるが、税法上も可能であろうか。遺産分割については民法上の規定であるため、税法において分割について規定しているものはない。しかし、配偶者税額軽減の規定の通達6)に分割の意義として、「当初の分割により共同相続人又は包括受遺者に分属し た財産を分割のやり直しとして再配分した場合には、その再配分により取得した財産は、遺産分割に取得したものとはならないのであるから留意する」としている。そのため、実務においては一般的には贈与等になると理解されている。

しかし、不動産取得税の裁判例であるが、一度分割協議を行って土地を分割し所有権移転登記を行ったあとに、税務署職員によるアドバイスにより配偶者税額軽減の有効利用のために再度遺産分割を行ったが、この再分割より取得した不動産の不動産取得税も相続による取得として認められている。7) ただし、これは最初に分割をした後3ヶ月後に行われており、不動産の取得が、「相続に因る不動産の取得」であるために認められたものである。

租税法上納税義務は、納税者の行った行為やその事実が課税要件を充足することによって成立する。そして、特別の手続きを要せず確定する自動確定のものを除き、自ら申告すること(申告納税方式)や課税庁の処分(賦課課税方式)により確定する。このように、納税者の行った行為により所得等の効果が生じていれば、課税要件は充足され課税される。そして、その後その行為に瑕疵があり一度生じた効果が失われた場合には更正されることになる。 例えば、遺産分割協議時に一定の遺産を取得することが遺言による取得よりも有利であり、それ以上取得することができないと信じて分割協議をした場合8) のように遺産分割協議について意思表示の要素の錯誤があった場合や詐欺による場合の取り消し以外は認められないと考えられる。特に、当初予定していたよりも重い納税義務が生じることにより相続人全員でこれを取り消す場合などは、私的自治の尊重、納税者間の公平の確保、租税法律関係の 安定の維持などの点から既に確定したものを取り消しすることはできない。9)

Ⅳ.まとめ

このように、遺産分割協議には民法上の考え方と税法上の考え方がある。分割協議の合意解除は民法上は有効であるが、税務上は、一度納税義務が確定した後に再分割をすると、その時点で贈与・交換等があったものとして課税されることになる。ただし、錯誤や詐欺などを理由とした分割協議は、民法上取り消され、税務上も有効になることもある。特に税法は、民法より許容範囲が狭いため納税者に対する説明も慎重に行わなくてはいけない。例えば、未成年の子の将来の生活設計等、不確定の事実があり、遺産分割を行えない場合は、配偶者の税額軽減の限度 での遺産分割を行い、残りの遺産については未分割にしておくことも検討する必要がある。10) また、遺産分割について、分割時に一部の相続人に遺産を集中させるため民法の特別受益の規定を利用し相続分皆無証明書を作成する事実上の相続放棄を行うことがあるが、税務上は生前贈与により贈与税の問題が生じる可能性があるため注意が必要であると思われる。

以上のように、遺産分割協議は相続において慎重に行うものであり、相続税法上も相続人の課税に関わる重要な ものである。税理士が相続の業務を行う場合には、これらの法律の関係を理解しなければならないと思われる。 税理士が税負担のみを考えて分割協議を指示することは、後の親族間の争い等の関係から注意すべきことである。


  1. 元氏成保 税務事例(Vol.37 No.5)35頁
  2. 最高裁第一小法廷 平成2年9月27日判決
  3. 最高裁第一小法廷 平成元年2月9日判決
  4. 内田貴 民法Ⅳ (東京大学出版会2002年)424頁
  5. 相続税基本通達19の2-8 の但し書き
  6. 最高裁 昭和62年1月22日判決
  7. 東京地裁 平成11年1月22日判決
  8. 金子 宏 租税法 第8版 120頁
  9. 三木義一他 「実務家のための税務相談(民法編)」232頁
Copyright(c) ふたば税理士法人 All Rights Reserved.